黒猫の見る夢 if 第6話 |
目が覚めたルルーシュは、今自分が置かれている状況が一瞬判断できず、思わず硬直した。 自分が乗っているのは大きな人の腕。 おそらく掌に座る形で、腕に乗っているのだろう。 そしてこれはスザクのもの。 この場所はおそらく洗面台。 そこまでは良かったのだが。 手に乗せていた事で、ルルーシュが起きた事が解ったのか、スザクは視線をルルーシュの顔へ移した。 やはり予想通りと言うか、目を見開いて固まっている。 目を覚ますタイミングが悪いなと、スザクは思わず苦笑した。 「おはよう、ルルーシュ」 だが、声をかけても、動く気配は無い。 よほど驚いたのか、今は猫だと言う事を再認識しているのか。まあ、このままにしてはおけないし、硬直して動かないなら問題ないだろうと、スザクは視線を顔から外し、ルルーシュを抱えていない方の手を動かした。 その事で、ルルーシュの硬直が解けた。 「ふぎゃ~~~!」 (なっ!何してるんだスザク!!!) 「ああっ、動かないで。まだ終わってないから」 冗談じゃない!俺は降りる!! そう思い逃げようとしたのだが、餓死寸前まで衰弱している体で、その上今の状況に驚きすぎて体が縮こまっていた。 身じろぐ程度しかできなかったのだが、僅かな動きでバランスを崩し、腕から落ちそうになる。 「ふにゃぁぁっ」 思わずルルーシュは反射的に爪を出し、その腕にしがみついた。 素肌に直接爪が立てられ、肉に爪が食い込む感触の後、その場所に赤い傷跡がくっきりと浮かぶ。 「痛っ!・・・あーもー、いいからそのままでいて。爪もそのままでいいから、落ちないでね、もう終わるから」 抵抗したくても体は言う事を聞かず、ルルーシュはスザクにされるがままそこにいた。 わずかに血を滲ませた腕にしがみつきながら、羞恥心でぶるぶると体を震わせいるのがスザクにはよく解った。 尻尾が完全に膨れ上がっているし、怒っていることもよく分かる。 人の姿なら、間違いなく顔が真っ赤になっているだろう。 そんな姿を想像してしまい思わず口元に笑みを浮かべると、そのことに気がついたルルーシュが更にその爪を肌に食い込ませ、毛を逆立てた。 ようやく解放されたルルーシュは、籐で編まれた籠の中に入れられた。 柔らかなクッションの上にブランケットが敷かれていて、スザクの手から解放されると、ルルーシュはそのブランケットの下へ急いで潜り込んだ。 その弱った体からは考えられないほどの速さで潜り込んだ姿を見て、スザクは「まあ、そう言う反応になるよね」と苦笑した。 まさに頭隠して尻隠さず。 長く綺麗な尻尾がブランケットから出たままなのだが、それは言わないでおこう。 「そう怒らないでよルルーシュ。仕方ないだろ?」 「ふにゃー!ふぎゃー!みゃー!」 (何が仕方ないんだ!あ、あんなっ!くっ屈辱だ!!) しかもお前は何でそう楽しそうなんだ!! バスタオルから顔を出すことなく、ルルーシュはそう鳴いた。 ああ、思ったよりも元気だなと、思わず口元に笑みが浮かぶ。 何となくだが、ルルーシュが言っていることを理解しながら、スザクはバスタオルの上からルルーシュを宥めるように軽く撫でた。 「仕方ないんだって。君、自分が何日寝てたか解ってる?4日だよ4日。その間に点滴もしているし、ミルクも飲ませてたんだから、ちゃんと出さないとね?・・・もしかして気にしてるのは、そっちじゃないのかな?ああ、でもね、そんなに気にしない方がいいよ。うん、君の体は今猫なんだからさ、その、僕も猫のを見たのは初めてだから良く解らないけど、君は仔猫なんだし、きっとこのサイズが普通なんだよ」 犬と比べたらずっと小さくて驚いたけど、きっと猫だからだよ! そのスザクの話に、一瞬思考が停止しかけたルルーシュだが、すぐに文句の声を上げた。 「ふみゃあっっ!!!」 (何の話だ何の!!) 俺が気にしてるのはそっちの話ではない!! 大体猫のサイズなど俺も知らないし、今まで気にした事もない!! お前が今俺にしていたほうに決まっているだろう!!! そう、今スザクがしていたのは、人工排泄。 あの後ルルーシュは一切ミルクを飲んでくれず、どうしたらいいか調べたところ、仔猫の人工排泄の仕方が乗ったサイトに行き着いた。仔猫は食前あるいは食後に排泄させる必要があると書かれており、そうしなければミルクを飲んでくれないのだという。 そう言えば点滴とミルクで水分をたくさん取ったのだから、出すものは出さなきゃ不味いと、生まれて間もない仔猫向けの方法ではあるが試してみると、意識の無いその体は猫の本能に従ってくれるらしく、ちゃんと排泄を行い、その後ミルクも飲んでくれた。 この行為自体、ルルーシュにはかなり衝撃的だろうし、怒る事は間違いないので絶対に話さないでおこうと思っていたのだが、まさか最中に目を覚ますとは。 タイミングが悪すぎるよ。おかげでいつもより量が少なかった。 「ねえルルーシュ、トイレなんだけど、君のサイズじゃ人間用は無理だから、一応猫のトイレ用意したんだ」 目を覚ました以上、自分でやると言うだろうと、スザクはその話題を口にした。 ぴくりとその体が反応したのを確認してから、スザクはルルーシュが入った籠を持ち上げ、トイレへと移動した。 ごく普通の便座の横に置かれた謎の物体に、ブランケットから少しだけ顔を覗かせながらルルーシュは首を傾げた。 箱の上に球体が乗っているような、まるで昔の鍵穴を思い出させる奇妙な形のその物体は、四角い下部に引き出しがついており、上部の球体には丸い穴が空いている。 確かにその穴の中に猫の砂らしきものは見えるのだが・・・。 「・・・うにゃぁ?」 (・・・猫のトイレ?) これが? ルルーシュは訝しげにスザクを見上げた。 「猫のトイレなんだよ。僕もこんなのあるって知らなかった。猫用の全自動トイレで、用を足した後、7分後だったかな?自動的に清掃し、排泄物はセットしているゴミ袋に入るんだって。だから常に砂場は清潔に保たれるらしいよ。使ってみる?」 覗うようにそう訊ねると、ルルーシュは首を横に振った。 「にゃぅ」 (今はいい) 「そう?じゃあ後で試してみてよ」 「にゃぁ」 (わかった) ルルーシュは軽く頷きながら答えた。 その反応に、スザクはこれなら大丈夫そうだなと安堵していた。 猫のトイレは使わない!人間の方でする! と意地になられたら、便座から落ちる心配をしなければいけない所だ。 でも、これなら水洗ではないが自動的に処理されるわけだし、匂いも抑えられていて、周りからも見えない。何よりスザクも楽だ。 ルルーシュの反応が予想以上に好感触で、これからの生活での最大の難関が片付き、スザクはあからさまにホッとした顔をしていた。 そんな様子を見ていたルルーシュは、表情こそ変わらないが、内心申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 こんな死にかけの猫の相手をしたからだろうか。 何処となく疲れた顔をしている元親友に、今の行為に対して文句を言う前に、まず礼を言うべきだったのだ。 今の行為もこんな体を気遣っての事なのだから。 「にゃあ~にゃ~、みぃ」 (嫌な事をさせてしまったな、すまない。有難う) とはいえ、猫の言葉なのだから、相手に伝わるはずは無いのだが。 これは所詮自己満足だ。 たとえ言葉が通じた所で、恨んでいる相手に感謝されてもいい気はしないだろうし、死なせてしまえば皇帝にどんな罰を与えられるか解らないとはいえ、殺したいほど憎い相手の排泄処理など屈辱でしかなかっただろう。 それでも理由はどうであれ、こうしてこの体を心配し気遣ってくれている。 相手が弱っているからか、その声音も穏やかで優しい。 ・・・相変わらず優しい男だ。 自分には絶対に出来ない。 ・・・すまないな、スザク。もう少しだけ付き合ってくれ。そう、長い話ではないから。 「・・・ルルーシュ、何考えてる?なんか、すっごく嫌な感じがするんだけど?」 「にゃあ!」 (気にするな!) なんでコイツはそう言う所に気がつくんだ。普段空気など全く読めないくせに。 この前もそうだ。カンで猫の気持ちが解るなんて反則技だ。 困ったような顔で見てくるスザクを見て、先ほどの事を思い出したルルーシュは、再び羞恥心からブランケットの中へ身を隠した。 既に終わった過去の事とはいえ、この羞恥心は当分消えそうにない。 もぞもぞと、再びその姿をブランケットの下に隠したルルーシュを見ながら、スザクは眉を寄せていた。 なんだろう。お礼を言われた気がしたのに、その後凄く嫌な予感がした。 そして今の鳴き声は、それを肯定している気がする。 猫の言葉など解らないから、あくまでも気がするだけなのだが。 どうしてだろう。 間違いなくあの日よりも元気になっているに、彼から死が離れない。 むしろ別の方向から近づいてきた気がする。何となくだけど、原因はルルーシュだな。注意しなければ。餓死は防げそうだが、別の手段を使いかねない。 部屋はあの日以降綺麗にしているし、掃除ロボットもついでに買って、埃も無い状態にしている。だから、この部屋にいる間、怪我や病気の心配はないはずだ。 スザクはルルーシュの入っている籠をテーブルに移動させると、慣れた手つきでミルクを用意した。 優先順位は変わらない。まずは体力の回復。 ルルーシュの頭があるはずの場所をそっとめくると、紫と赤のオッドアイが不機嫌そうに見上げてきた。 赤い瞳。 あの綺麗だった紫が、ギアスに汚染された証。 まるで血の色だ。 思わず目を細めてしまい、それを見たルルーシュは顔をそむけ、その体を小さく丸めてブランケットの中へ隠れようとしたので、スザクは慌てて笑顔を向けた。 「さて、ルルーシュ。大人しく飲んでくれるよね?」 そう言いながら、ルルーシュの口元へ哺乳瓶を近づける。 「うにゃぁ・・・」 (哺乳瓶・・・) 哺乳瓶で飲むと言う事に、あからさまに嫌そうな声を上げたので、スザクは面倒だなと、一度哺乳瓶をテーブルに置くと、ルルーシュの小さな体を抱き上げた。そして、急な変化に対応しきれていない隙をつき、飲み口を銜えさせる。 「ほら、飲んで。全部飲みきるまで離さないからね?ああ、歯は立てたら駄目だよ。破れちゃうからね。これ、まだ歯の生えていない仔猫用だから」 そう言いながらにっこりと微笑んだ。 この笑顔は、スザクが絶対に引かない時に見せる物だ。 つまり飲みきるまでは絶対に離さないと言うのは既に決定事項。 この体格差では抵抗しても意味は無い。 ルルーシュは不満だと言いたげな顔でスザクを睨みながら、ミルクを口に含んだ。 |